システム開発プロジェクトの成否は「要件定義」の段階で8割決まると言われています。なぜ要件定義が重要なのか、失敗パターンと成功のポイントを3つのケーススタディで解説します。
「システムを導入したのに、現場で使われていない」
「当初の予算の3倍に膨らんでしまった」
「完成したシステムが要望と違う」
こんな経験はありませんか?実は、システム開発プロジェクトの成否は「要件定義」の段階でほぼ決まると言われています。
本記事では、システム導入を検討している経営者・情報システム担当者向けに、要件定義の基本と失敗を避けるためのポイントを解説します。
要件定義とは何か
要件定義とは、「システムに何をさせたいか」を明確にする工程です。家を建てる際の「設計図を描く前に、どんな家に住みたいかを決める」段階に相当します。
3つの要件レベル
| 要件の種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| ビジネス要件 | 経営課題・事業目標 | 売上20%向上、業務効率化 |
| ユーザー要件 | 利用者が実現したいこと | 在庫をリアルタイムで確認したい |
| システム要件 | システムが満たすべき機能・性能 | 在庫照会画面、API連携 |
多くのプロジェクトでは、いきなり「システム要件」から始めてしまいがちですが、「なぜそのシステムが必要なのか」というビジネス要件から整理することが重要です。
なぜ「8割」が決まるのか
システム開発の世界には「1:10:100の法則」という経験則があります。
| 発見フェーズ | 修正コスト | 具体例 |
|---|---|---|
| 要件定義段階 | 1 | ドキュメント修正のみ |
| 設計・開発段階 | 10 | 設計変更+再開発 |
| リリース後 | 100 | システム改修+業務影響+信頼失墜 |
要件定義段階で発見すれば1のコストで済む問題が、リリース後に発覚すると100倍のコストがかかります。だからこそ、要件定義に時間とリソースを投資することが、結果的にプロジェクト全体のコストを下げるのです。
要件定義が失敗する3つのパターン
パターン1:ベンダーへの「丸投げ」
「専門家に任せれば大丈夫」と考え、要件定義をベンダー(システム開発会社)に丸投げするケースです。
しかし、業務のことを一番知っているのは発注者側です。ベンダーはシステムの専門家ですが、あなたの会社の業務の専門家ではありません。丸投げすると、ベンダーの「推測」に基づいたシステムができあがり、現場で使えないものになりがちです。
パターン2:曖昧な表現
「使いやすいシステム」「早く処理できること」といった曖昧な表現は、認識のズレを生みます。
- 「使いやすい」→ 誰にとって?どんな操作が?
- 「早く」→ 何秒以内?どの処理が?
要件は「誰が」「何を」「どのように」「いつまでに」という形で具体化する必要があります。
パターン3:ステークホルダー不在
経営者の意向だけで進め、現場担当者の意見を聞かないケースです。結果として、現場の実態と乖離したシステムが完成し、「使われないシステム」になってしまいます。
逆に、現場の意見だけを集めると、部門最適になり全社的な整合性が取れなくなります。経営層・管理職・現場担当者のバランスが重要です。
発注者の責任範囲
システム開発において、発注者には以下の責任があります。これは法的にも認められており、裁判でも発注者責任が問われたケースがあります。
| 発注者の責任 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 要件を明確にする | 何を実現したいかを言語化し、ベンダーに伝える |
| 意思決定をする | 優先順位をつけ、トレードオフを判断する |
| 社内調整をする | 関係部門の合意を取り付ける |
| レビューに参加する | 成果物を確認し、問題があれば指摘する |
「お金を払っているのだから、ベンダーがやるべき」という考えは危険です。システム開発は発注者とベンダーの共同作業であり、発注者の積極的な関与が成功の鍵を握ります。
ケーススタディ
ケース1:要件定義を丸投げして予算が3倍になった物流会社
背景:従業員80名の物流会社A社は、倉庫管理システム(WMS)の導入を決定。当初予算は3,000万円でした。
問題:「システムのことはわからないから」と、要件定義をベンダーに丸投げ。ベンダーは一般的なWMSの機能をベースに提案しましたが、A社独自の「ロット管理」「賞味期限管理」の要件が漏れていました。
結果:開発終盤で「これでは使えない」と判明。大幅な追加開発が発生し、最終的な費用は9,000万円に。さらに稼働が6ヶ月遅延しました。
教訓:業務要件は発注者にしかわからない。「丸投げ」は最も高くつく選択肢。
ケース2:2年遅延したERPプロジェクト〜追加要件が止まらなかった製造業
背景:従業員200名の製造業B社は、基幹システム(ERP)の刷新を決定。当初は1年での稼働を計画していました。
問題:要件定義フェーズで「あれも欲しい、これも欲しい」と各部門から要望が噴出。「全部やります」と約束してしまい、スコープが膨張。さらに開発中も追加要件が続々と発生しました。
結果:稼働は2年遅延。予算も当初の1.8倍に。さらに、機能が多すぎて現場が使いこなせず、導入効果が出るまでさらに1年かかりました。
教訓:要件には優先順位をつけ、「やらないこと」を決める勇気が必要。スコープ管理は経営判断。
ケース3:中小企業でも成功した「アジャイル型」要件定義
背景:従業員30名の卸売業C社は、受発注システムの刷新を検討。予算は限られていましたが、業務効率化が急務でした。
アプローチ:最初から完璧なシステムを目指さず、MVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)思考で進めました。
- フェーズ1(3ヶ月):受注入力と在庫確認のみ
- フェーズ2(3ヶ月):発注管理と仕入先連携
- フェーズ3(3ヶ月):分析レポート機能
結果:フェーズ1の3ヶ月後には現場で使い始め、実際の運用から得たフィードバックを次のフェーズに反映。最終的に、当初想定より使いやすいシステムが予算内で完成しました。
教訓:「小さく始めて、早く使って、改善を重ねる」ことで、要件のズレを最小化できる。
要件定義フェーズで確認すべき20項目
以下のチェックリストを活用して、要件定義の漏れを防ぎましょう。
【ビジネス要件】
- このシステム導入の目的(経営課題)は明確か?
- 期待する効果(売上向上、コスト削減など)は数値化されているか?
- 投資対効果(ROI)は検討したか?
- プロジェクトのスポンサー(経営層)は明確か?
【ユーザー要件】
- システムを使うユーザーは誰か?(役職、スキルレベル)
- 現状の業務フローは可視化されているか?
- 現状の課題・不満点は整理されているか?
- 理想の業務フロー(To-Be)は描けているか?
- 各部門のキーパーソンは参加しているか?
【機能要件】
- 必須機能と希望機能は区別されているか?
- 画面イメージ(ワイヤーフレーム)は作成したか?
- 帳票・レポートの出力要件は定義されているか?
- 他システムとの連携要件は明確か?
【非機能要件】
- 同時アクセス数・処理量は想定しているか?
- システム稼働時間・許容ダウンタイムは定義されているか?
- セキュリティ要件は明確か?
- データ移行の方針は決まっているか?
【プロジェクト管理】
- スケジュールは現実的か?
- 予算に予備費(10〜20%)は含まれているか?
- 変更管理のルールは決まっているか?
まとめ
要件定義は、システム開発プロジェクトの成否を決める最重要工程です。
- 「丸投げ」は最も高くつく:業務要件は発注者にしかわからない
- 曖昧な表現は避ける:「誰が・何を・どのように・いつまでに」を明確に
- ステークホルダーを巻き込む:経営層・管理職・現場のバランスが重要
- スコープ管理は経営判断:「やらないこと」を決める勇気を持つ
- 小さく始める選択肢も:MVP思考でリスクを最小化
参考文献
高安厚思『はじめての要件定義』翔泳社
細川義洋『システムを「外注」するときに読む本』ダイヤモンド社
次回は「モチベーション理論〜やる気を引き出すマネジメント〜」として、マズローの欲求5段階説やハーズバーグの動機づけ理論を解説します。
筆者:芝 香(しば かおる)
ネクストソサエティ株式会社 代表取締役。北海道文教大学非常勤講師(経営マネジメント論・マーケティング論)、北海道大学会計レクチャー講師。恵庭市主催の起業塾講師も務める。中小企業の経営支援やICT導入コンサルティングを専門とする。