「給料を上げても若手が辞める」「表彰しても響かない」──やる気の仕組みを理解していないと的外れな施策になります。マズロー、ハーズバーグ、ブルームの理論を3つのケーススタディで解説します。
「給料を上げたのに、若手が辞めていく」
「表彰制度を作っても、いまいち盛り上がらない」
「テレワークになって、部下のやる気が見えない」
こんな悩みを抱えていませんか?実は、「やる気」の仕組みを理解していないと、的外れな施策を打ってしまいがちです。
本記事では、経営学で確立されたモチベーション理論を解説し、明日から使える実践的なアプローチをお伝えします。
モチベーションとは何か
モチベーション(動機づけ)とは、人が行動を起こし、それを持続させる心理的なエネルギーのことです。
モチベーションには大きく2種類あります。
| 種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 外発的動機づけ | 外部からの報酬や罰によって生まれる | 給料、ボーナス、昇進、表彰 |
| 内発的動機づけ | 仕事そのものへの興味・達成感から生まれる | やりがい、成長実感、自己実現 |
興味深い研究があります。大学生にパズルを解かせる実験で、途中から金銭的報酬を与えると、自由時間にパズルを解かなくなったというものです。つまり、外発的報酬が内発的動機を「追い出して」しまうことがあるのです。
これは「アンダーマイニング効果」と呼ばれ、報酬設計を考える上で重要な示唆を与えてくれます。
マズローの欲求5段階説
アブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階のピラミッドで説明しました。低次の欲求が満たされると、より高次の欲求を求めるというものです。
| 段階 | 欲求 | 内容 | 職場での例 |
|---|---|---|---|
| 5 | 自己実現欲求 | 自分の可能性を最大限に発揮したい | 挑戦的なプロジェクト、裁量権 |
| 4 | 承認欲求 | 他者から認められたい、尊敬されたい | 表彰、昇進、感謝の言葉 |
| 3 | 社会的欲求 | 集団に所属したい、仲間が欲しい | チームワーク、社内イベント |
| 2 | 安全欲求 | 危険を避け、安全に暮らしたい | 雇用の安定、福利厚生 |
| 1 | 生理的欲求 | 食べたい、眠りたい | 適正な給与、休憩時間 |
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、まさにこの理論を表しています。基本的な生活が保障されて初めて、より高次の欲求(承認、自己実現)を追求できるのです。
マネジメントへの示唆:給与や雇用の安定という低次欲求が満たされていない状態で、「やりがい」を強調しても響きません。まず土台を固めることが先決です。
ハーズバーグの動機づけ・衛生理論
フレデリック・ハーズバーグは、仕事における満足・不満足の要因を調査し、興味深い発見をしました。
「満足の反対は不満足ではなく、満足がないこと。不満足の反対は満足ではなく、不満足がないこと。」
つまり、満足をもたらす要因と、不満足を防ぐ要因は別物だというのです。
| 要因の種類 | 役割 | 具体例 |
|---|---|---|
| 動機づけ要因 | あると満足、なくても不満ではない | 達成感、承認、仕事の面白さ、成長、責任 |
| 衛生要因 | ないと不満、あっても満足ではない | 給与、職場環境、人間関係、会社の方針 |
重要なポイント:給与(衛生要因)を上げても、不満は解消されますが、モチベーションは上がりません。本当にやる気を引き出すには、達成感や成長機会(動機づけ要因)を提供する必要があります。
期待理論(ブルーム)
ビクター・ブルームの期待理論は、「努力が報われると信じられるか」がモチベーションを決めるという考え方です。
モチベーションは以下の3つの要素の掛け算で決まります。
| 要素 | 内容 | マネジャーができること |
|---|---|---|
| 期待 | 努力すれば成果が出ると思えるか | 適切な目標設定、スキル支援 |
| 手段性 | 成果を出せば報われると思えるか | 評価基準の明確化、公正な評価 |
| 誘意性 | その報酬が自分にとって魅力的か | 個人の価値観の把握、報酬の多様化 |
どれか一つでもゼロだと、モチベーションはゼロになります。「頑張っても評価されない」「評価されても欲しいものが得られない」と感じると、やる気は失われます。
X理論・Y理論(マクレガー)
ダグラス・マクレガーは、マネジャーの人間観がマネジメントスタイルを決めると主張しました。
| 理論 | 人間観 | マネジメントスタイル |
|---|---|---|
| X理論 | 人間は本来怠け者で、強制されないと働かない | 監視・命令・罰則による管理 |
| Y理論 | 条件次第で人は自発的に働き、責任を求める | 権限委譲・目標管理・自律支援 |
現代のマネジメントでは、Y理論に基づくアプローチが主流です。ただし、状況に応じてX理論的なアプローチが必要な場面もあります。
ケーススタディ
ケース1:給料を上げても離職が止まらないIT企業B社
背景:従業員50名のIT企業B社では、エンジニアの離職率が年間25%と高止まり。対策として給与を業界平均より20%高く設定しました。
問題:給与アップ後も離職は止まらず。退職面談では「給料には不満はないが、成長できる気がしない」「自分の仕事が何に貢献しているかわからない」という声が多数。
分析:ハーズバーグ理論でいう「衛生要因」(給与)は満たされていたが、「動機づけ要因」(成長、承認、やりがい)が欠けていた。
施策:
- 月1回の1on1ミーティングで成長目標を設定
- プロジェクトの成果を全社で共有する場を設置
- 技術カンファレンス参加費用を会社負担に
結果:1年後、離職率は25%→12%に改善。
教訓:給与は「不満を防ぐ」ことはできても、「やる気を引き出す」ことはできない。
ケース2:表彰制度導入で生産性が20%向上した物流倉庫
背景:従業員100名の物流倉庫C社では、作業効率の個人差が大きいことが課題でした。
施策:月間MVP表彰制度を導入。選考基準は「生産性」だけでなく「改善提案」「チームへの貢献」も含め、多角的に評価。
- 表彰者は朝礼で発表、社長から直接感謝の言葉
- 副賞は1万円の商品券(高額すぎない設定)
- 受賞者インタビューを社内報に掲載
結果:導入半年で全体の生産性が20%向上。改善提案の件数も月5件→月20件に増加。
教訓:承認欲求を満たす仕組みは、金銭報酬よりも効果的な場合がある。ただし、選考基準の公平性が重要。
ケース3:テレワーク時代のモチベーション管理
背景:コロナ禍以降、フルリモートに移行した広告代理店D社(従業員30名)。当初は生産性が上がったが、1年後から「燃え尽き症候群」が増加。
問題:「頑張っても見てもらえていない気がする」「孤独感がある」という声が社員アンケートで多数。マズローでいう「社会的欲求」「承認欲求」が満たされていなかった。
施策:
- 週1回のオンライン雑談タイム(業務の話禁止)
- Slackで「今日のナイス!」チャンネル開設(お互いを褒める場)
- 月1回の対面ランチ会(任意参加)
- 1on1の頻度を月1→週1に増加
結果:社員満足度調査で「孤独感」スコアが改善。離職者もゼロに。
教訓:テレワークでは「見えない承認」を「見える化」する工夫が必要。
実践ツール:1on1ミーティングで使える質問リスト
部下のモチベーションを把握し、高めるための質問例です。
【現状把握】
- 最近の仕事で、うまくいっていると感じることは?
- 逆に、困っていることや障害になっていることは?
- 今の仕事量は適切だと感じますか?
【成長・やりがい】
- この仕事を通じて、どんなスキルを身につけたいですか?
- 今の仕事で、やりがいを感じる瞬間はいつですか?
- 挑戦してみたい業務や役割はありますか?
【承認・フィードバック】
- 最近、「頑張った」と思える仕事は何ですか?
- 私からのフィードバックで、もっと欲しいものはありますか?
【チーム・環境】
- チームの雰囲気で気になることはありますか?
- 働く環境で改善してほしいことはありますか?
まとめ
モチベーション理論から得られる実践的な教訓は以下の通りです。
- 給与は「不満を防ぐ」が「やる気を引き出す」わけではない(ハーズバーグ)
- 低次の欲求が満たされて初めて、高次の欲求を追求できる(マズロー)
- 努力→成果→報酬のつながりが見えることが重要(ブルーム)
- 人は条件次第で自発的に働く(マクレガーY理論)
- 承認と成長機会が、持続的なモチベーションの源泉
参考文献
P.F.ドラッカー『マネジメント[エッセンシャル版]基本と原則』ダイヤモンド社
ダニエル・ピンク『モチベーション3.0』講談社
デール・カーネギー『人を動かす』創元社
次回は「業務フローの可視化〜現状分析の進め方〜」として、業務改善の第一歩となるAs-Is分析の手法を解説します。
筆者:芝 香(しば かおる)
ネクストソサエティ株式会社 代表取締役。北海道文教大学非常勤講師(経営マネジメント論・マーケティング論)、北海道大学会計レクチャー講師。恵庭市主催の起業塾講師も務める。中小企業の経営支援やICT導入コンサルティングを専門とする。