コラム

マネジメントに必要な5つの能力〜組織を動かす力とは〜

組織を率いるマネージャーには、どのような能力が求められるのでしょうか。経営学の父ドラッカーが示したマネジメントに必要な5つの能力を、3つのケーススタディとセルフチェックシート付きで解説します。

「初めて管理職になったが、何をすればいいかわからない」
「部下が思うように動いてくれない」
「チームの目標達成率が上がらない」

こんな悩みを抱えていませんか?実は、これらはすべてマネジメント能力の問題として整理できます。

経営学の父と呼ばれるP.F.ドラッカーは、著書『マネジメント 基本と原則』の中で、マネジメントに必要な5つの能力を示しています。本記事では、この5つの能力を解説し、明日からの実践に役立つセルフチェックシートをお届けします。

ドラッカーが示した5つの能力

1. 目標を設定する能力

組織が進むべき方向を定め、具体的な目標として示す力です。ドラッカーは「MBO(Management By Objectives and Self-Control=目標による管理と自己統制)」の重要性を説きました。

"目標には、はじめからチームとしての成果を組み込んでおかなければならない。それらの目標は、常に組織全体の目標から引き出したものでなければならない。"
──『マネジメント 基本と原則』P139

【3人のレンガ職人の話】
有名な寓話があります。レンガを積んでいる3人の職人に「何をしているのですか?」と尋ねました。

  • 1人目:「レンガを積んでいる」(作業者)
  • 2人目:「壁を作っている」(職人)
  • 3人目:「教会を建てている」(目的を理解した人)

同じ作業をしていても、目的を理解しているかどうかで仕事の質は大きく変わります。マネージャーの役割は、部下が「教会を建てている」と言えるよう、目標を設定し伝えることです。

2. 組織づくりの能力

人的資源のあらゆる強みを発揮させ、弱みを補う組織を構築する力です。

"マネージャーは、自らの資源、特に人的資源のあらゆる強みを発揮させるとともに、あらゆる弱みを消さなければならない。これこそ真の全体を創造する唯一の方法である。"
──『マネジメント 基本と原則』P138

組織づくりのポイントは「シンプルさ」です。階層が複雑になればなるほど、意思伝達に支障が発生します。いわゆる「伝言ゲーム」状態を避け、責任と権限を明確にしたシンプルな構造を目指しましょう。

3. コミュニケーション能力

組織内で情報を伝え、共通認識を形成する力です。ドラッカーは「コミュニケーションの4つの基本原理」を示しています。

原理内容
①知覚コミュニケーションを成立させるのは「受け手」である。発信者ではない。
②期待人は期待しているものだけを知覚し、期待していないものは避ける。
③要求コミュニケーションは相手の欲求との合致に左右される。
④情報情報は記号にすぎない。受け手が意味を理解しなければ使われない。

つまり、「伝えた」ではなく「伝わった」かどうかが重要です。階層によって見えているものが違うことを前提に、相手が何を期待しているかを知り、伝わったかを確認する習慣が必要です。

4. 評価測定の能力

組織と個人の成果を適切に評価し、フィードバックする力です。

"報酬は金銭的な意味合いがあるだけではなく、トップマネジメントの価値観を教える。自らがいかなる位置づけにあるか、いかに認められているかを教える。"
──『マネジメント 基本と原則』P138

評価制度は単なる査定ではなく、「何が賞で、何が罰か」というメッセージです。年功的な評価に偏れば、社員は顧客より上司を見るようになります。成果に基づく公正な評価と、改善につながるフィードバックを心がけましょう。

5. 人材開発の能力

部下の成長を支援し、組織全体の能力を高める力です。

"人材の育成に取り組む。ここで自分自身の能力開発を忘れてはならない。人の強みを引き出すことが最も重要な点である。"
──『マネジメント 基本と原則

人材育成の基本は以下の5つです。

  • 強みを活かす:弱みではなく強みに注目し、卓越した成果を上げさせる
  • 成果を明示する:チームの成果を明確にし、貢献を見える化する
  • 貢献意識を育む:自分のやりたいことより組織に求められることを意識させる
  • 自己啓発を促す:知識は半年で陳腐化する。学び続ける習慣をつける
  • 真摯さを持たせる:スキルより「誠実さ・高潔さ」がリーダーの本質

カッツモデル:管理階層と必要能力の関係

ハーバード大学のロバート・カッツは、マネジメントに必要な能力を3つに分類し、管理階層によって求められる比重が変わることを示しました。

スキル内容重要度
テクニカルスキル(専門能力)業務遂行に必要な専門知識・技術現場リーダーで最重要
ヒューマンスキル(対人能力)人間関係を構築し、協働する能力全階層で重要
コンセプチュアルスキル(概念化能力)全体を俯瞰し、本質を見抜く能力経営層で最重要

現場リーダーには専門能力が重要ですが、経営層に上がるほど概念化能力の比重が高まります。昇進したのに以前と同じスキルに頼り続けると、壁にぶつかることになります。

組織が間違った方向に進む4つの要因

ドラッカーは、これらの能力が欠けると組織が誤った方向に進むと警告しています。

  1. 仕事の専門化による弊害:自分の仕事だけに没頭し、全体の目的を見失う(「レンガを積んでいる」状態)
  2. 上司の存在による弊害:上司への配慮が優先され、顧客より社内政治に目が行く
  3. 階層による見方の違い:同じことを話しているつもりでも認識がずれている
  4. 報酬システムの弊害:短期的な数字を追う行動が促され、将来への投資が後回しになる

これらを防ぐためにも、5つの能力をバランスよく身につけることが重要です。

ケーススタディ

ケース1:技術者出身の課長が陥った「専門能力偏重」の罠

背景:IT企業A社の田中さん(仮名)は、優秀なエンジニアとして評価され、35歳で開発課長に昇進しました。

問題:課長になってからも自分でコードを書き続け、部下の仕事を「自分がやった方が早い」と巻き取ってしまいます。月の残業は60時間超。部下は成長機会を奪われ、チームの生産性は一向に上がりませんでした。

転機:上司から「君の仕事はコードを書くことではなく、チームを機能させることだ」と指摘を受け、週1回の1on1ミーティングを導入。部下の強みを把握し、適切な仕事を任せるように意識を変えました。

結果:半年後、チームの生産性は1.5倍に。田中さんの残業も月60時間→40時間に減少しました。

教訓:管理職になったら「自分がやる」から「チームでやる」への意識転換が必要。カッツモデルでいえば、テクニカルスキルからヒューマンスキルへの比重移動が求められます。

ケース2:中小製造業の新任工場長が概念化能力を身につけるまで

背景:従業員50名の金属加工会社B社で、ベテラン職人の佐藤さん(仮名・50歳)が工場長に抜擢されました。現場一筋30年、技術には絶対の自信がありました。

問題:現場の問題解決には長けていましたが、「なぜこの仕事をしているのか」「うちの会社の強みは何か」を説明できませんでした。経営者から「来年の生産計画を立ててほしい」と言われても、何から手をつけていいかわかりません。

取り組み:経営コンサルタントの支援を受け、3ヶ月間で以下を実施。

  • 会社の経営理念・ビジョンを改めて学ぶ
  • 自部門の役割を「会社全体の中での位置づけ」として言語化
  • 数字(生産性・不良率・コスト)を意識して現場を見る訓練

結果:1年後、佐藤さんは「うちの工場は高精度加工で差別化し、自動車部品市場の品質要求に応える」と明確に語れるようになりました。生産計画も自ら立案できるようになり、経営会議にも参加するようになりました。

教訓:概念化能力は訓練で身につく。「なぜ?」「何のために?」を考える習慣が重要です。

ケース3:「伝えたつもり」が招いた離職ラッシュ

背景:従業員30名の広告代理店C社。社長は毎朝の朝礼で会社の方針を伝えているつもりでした。

問題:入社3年目までの若手社員が2年間で8名退職。退職面談では「会社がどこに向かっているかわからない」「自分の仕事が何に貢献しているか見えない」という声が続出しました。

気づき:社長が「言った」ことと、社員が「理解した」ことに大きなギャップがありました。朝礼で話す内容は抽象的で、若手には響いていなかったのです。まさにドラッカーの言う「コミュニケーションは受け手が成立させる」を痛感しました。

施策:

  • 週1回のチームミーティングで「今週の目標と、なぜそれが重要か」を共有
  • 月1回の1on1で「伝わっているか」を確認する習慣化
  • 経営数字をオープンにし、会社の全体像を見せる

結果:1年後、離職率が25%→8%に改善。社員アンケートで「会社の方向性がわかる」という回答が30%→75%に上昇しました。

教訓:「伝えた」ではなく「伝わった」かどうかが重要。特に階層が違うと見えているものが違うことを前提にコミュニケーションを設計する必要があります。

セルフチェック:5つの能力の自己診断

各能力について、以下の質問に1〜5点で自己評価してみてください。

(1=全くできていない、3=どちらともいえない、5=十分できている)

能力チェック項目1-5点
目標設定組織全体の目標から引き出した、具体的な数値目標を設定できているか?_点
組織づくり部下の強みを把握し、それを活かした役割分担ができているか?_点
コミュニケーション「伝わったか」を確認し、認識のズレを解消する習慣があるか?_点
評価測定成果を数値で測定し、改善につながるフィードバックをしているか?_点
人材開発部下に成長の機会を与え、自律的に動けるよう支援しているか?_点

スコア別アドバイス

  • 20〜25点:優秀なマネージャーです。さらに上を目指すなら、コーチング研修やリーダーシップ開発プログラムへの参加を検討してみてください。
  • 15〜19点:基礎はできています。点数の低い項目を重点的に強化しましょう。特にコミュニケーションと人材開発は意識的な訓練が効果的です。
  • 14点以下:まずは「目標設定」と「コミュニケーション」から着手することをお勧めします。1on1ミーティングの導入が第一歩になります。

まとめ:真摯さこそがマネジメントの本質

ドラッカーは、これら5つの能力以上に大切なものとして「真摯さ(Integrity)」を挙げています。

真摯さとは、誠実さ、高潔さ、公正さを意味します。スキルは訓練で身につきますが、最終的に組織を動かすのはリーダーの人格と品性です。

"マネジャーの資質として不可欠な要素は真摯さである。人材育成においては、スキルよりもマインド・哲学が本質であり、組織を最終的にマネジメントできるかどうかは、リーダーの精神性をどう醸成するかにかかっている。"

5つの能力を磨きながら、真摯な姿勢で組織と向き合い続けること。それがマネジメントの本質です。

参考文献
P.F.ドラッカー『マネジメント[エッセンシャル版] 基本と原則』ダイヤモンド社

次回は「モチベーション理論〜やる気を引き出すマネジメント〜」として、マズローの欲求5段階説やハーズバーグの動機づけ理論を解説します。

筆者:芝 香(しば かおる)
ネクストソサエティ株式会社 代表取締役。北海道文教大学非常勤講師(経営マネジメント論・マーケティング論)、北海道大学会計レクチャー講師。恵庭市主催の起業塾講師も務める。中小企業の経営支援やICT導入コンサルティングを専門とする。